「大丈夫か、月吼さん」

「……はい……」

一時間後、ようやく状況は収まってきた
と言っても、いじくらない為に部屋の状態はそのままである
韻の死体に双子が使っていた

「警察の方は……その……応援はまだ来ないんですか?」

震えながら、ぽつりと真樹人が問いかける
それからまたぐ、と涙を流して俯いた

真樹人達は警察への応援要請を頼む。無線電話がある家だった故、早い連絡が出来た
この部屋に居合わせた警官一人からも証言を得て、それは難なく通った

しかし、館位置は郊外の森
帝都からここに来るまで、軽く一、二時間はかかる場所だった

「何にせよ……俺は確信した」

そこに、屋島が部屋を見渡しながらはっきりと言う

「これは『アザナ』のやり口だ。こんな食われたような跡、能力でしか出来ねぇ」

アザナ
それは、現れし異能者。一文字での個性を持つ者
漢字一文字の力を振るい、時には善となり、時には悪となる者

「いや、もしかすれば人間にも出来るのかもしれない。だが——」

少し息を吐いてから

「完全に、韻君の体を千切ったらしき箇所が消失しているんだ。探しても無かった
だがちりぢりに食べかすを散らかしたような跡はある。文字通り、それこそ獣に食われてんだ、韻君は」

「そんな、……」

また真樹人がほそぼそと

「犯人はこの中に居る。一応俺達探偵も含むが、除いてとは言わせて欲しいな
俺の弟子は全員アザナだが、この仕業を出来そうな奴は一人も居ねえ。ついでに俺は無能力者だ」



「………」

警察の男はそれを聞くと瞼をやや伏せて屋島を睨む

「決まってるよ」

だがその瞳は気が逸れるように、それを言った少女へと流れる
力が入らなそうな身体を、床に手を付いて起き上がらせる紅

「暁……きっと警察二人をだまくらかしてこっちに来たんだ
あんな、韻くんを何とも思ってなさそうな女が、韻くんを!!!」

殺意に満ちた少女が部屋を飛び出そうとする
彼女の推理が間違っているという確証はないが、我を忘れているが故に酷く、筋道の立ってない結論だ


虎は待って、と声をあげるも彼女の殺気故か伸びた手が怖じ気づく



「——待て、紅!!!!!」

叫んだ屋島が止めに入るよりも先に、飛び出す影があった
それは紅を後ろから羽交い締めにしようとする

「お前は天皇から与えられし知恵を何処かで落っことしたのか!!馬鹿者!!」

蛇々院網羅である
彼の背中からは骨で形成された羽が生えており、それはバキバキと二人を包み込んで行こうとする


「離せよ!!離せっ離せよおおおっっ」

「離さぬ!!」

叫ぶ紅、いちいち答える蛇々院
しかしその彼の能力に包まれ仲間に諭された彼女は荒げていた言動を徐々に消え入らせていく
最後には嗚咽とぐずり声だけがか細く残り、そのまま全てが抜け落ちたように脱力した彼女をようやっと支える
警戒したように訝しげな顔で、未だ彼女を抱きしめたまま

「ごめん…………炎ちゃん」

ぽそり、辛うじて動く視線が少女へすがるように
また己を今にも責め立ててしまいそうな見るに耐えない表情で呟く 伝える




「……くれなおねえちゃん……」

彼女は失禁した下着や服を着替えていた
真樹人の側で抱き着きながらも、謝られて少し戸惑う

「……こわい、です……みんな、みんなこわい……
みんなきらい……う、う、うええ、うああああ」

ただ参っているのは変わらないようで、紅の表情やぴりぴりした雰囲気に疲れたようだった
再び悲しさから意味もなく泣き出す。ぴたりと止む。先程からの一時間、その繰り返しだ

「………、………」

紅は苦しそうに目を伏せて下を向いた



「……炎。布団を持ってくるよ。兄さんが寝かせてあげよう……」

せめて幼子は寝かせるべきだと、真樹人が布団を取りに部屋を出た

「……じゃ、俺らはあんたに話を聞こうか
その前にはなな、さっき変な音はしたか?」

屋島が警官に問いかけ、そこから話を振られたはななはえっと、とくちごもってから

「すみません、あの時暗転に驚いてしまって、正確な何かの音を拾う事が出来ませんでした
その後も……その、吐いたりなんだり……」

「そうか、お前も参ってたからな……すまない、気にしないでくれ」

はななは申し訳無さそうに謝罪する



「——犯人候補に何を聞きたいんだ?」

嫌味を言うように笑いながら警察は返す
真樹人が言うように、警察は信用ならない人物の方が多い事を体現されたような反応だった

消沈している紅はもはや言葉も無いが、虎がすかさず鋭く問い掛ける

「貴方はアザナですか ——無能力者ですか」



「……そうだな」

屋島は彼を見て

「お前はアザナか?——いや、厳密に言えば、月吼さんと炎さんも——」

ドアが開いた

「……」

そこに居たのは——暁
月吼暁、月吼家の母親だった

「……韻が殺されたらしいわね」

彼女は整った顔を化粧で塗り固めていた
涙は、流していない。その表情も、怒りではなく

「……」

何処か喪失感を得たような表情だった。口数も少ない


暁の護衛を任されていた警察二人も後ろに居た
此方に居た一人と顔を合わせると、その鋭い眼の警察は屋島達を通り抜けてその二人のもとへ状況説明に歩んだ

紅は顔を上げ暁を見ると、その様子にまた言葉無く瞬きをしていた




「……貴方はどうするんだ?月吼暁さん」

屋島は帽子を被り直すと、一言問いかける
そこには何かを察したような、優しい声があった

「……私は部屋にいるわ。炎を連れて行きます」

「……炎さんだけをか?」

「ええ、真樹人は自分の事くらい自分で出来るでしょう。私が幼い子供一人くらいなら面倒は見れます」

彼女は眠っている炎を無言で起こすと、歩かせて部屋に連れて行く

「かあさま……」

戸惑った様子の炎は、それでも母たる人間についていった
警察は事情を伝える。こちらの方は廊下が暗かった事もあるが、妙な気配が入ってくる事は無かったと

「……どうしたもんかな」

屋島はぼやくと、真樹人が布団を持って帰って来たのと丁度すれ違ったらしく
ドアのすぐ近くからそれは戻していいわよ、母親の厳しい声が一言聞こえた




❇︎


「……月吼さん、寝なくて良いのかい」

「いえ……」

時刻は深夜二時
真樹人は炎も連れて行かれたからから、安心したような寂しいような表情を浮かべていた
屋島は仕事柄か寝なくても平気らしく、けろりと問いかける
部屋はカーテンを開け月明かりが満たし、そして燭台を使って小さな火で照らしているいる状態だ
だけれども、やはり暗いよりは明るい方が心地よい

「……結局、人狼は一体誰なのかね」

屋島が独りごちる。しかし、何処か薄々気付いてるような気もする


ふと、ソファに力無く座っていた紅が立ち上がる

「私、お花摘みに行って来るね」

いつも通りを装うとしている掠れた明るい声で伝えると、部屋を後にする

「あ……私も行くよ、危ないから…」
「どこまで着いて来る気?」


気を遣い着いていこうとした虎に、元気が無いながらも紅はへらりと笑った
虎は少し気を取られたように 少し安心したようで、小さく口元が笑う
ただそれでも、着いていける所まで行くと言って譲らなかった。扉を閉め、二人が廊下へ消えていく足音が聴こえてやがて聴こえなくなる



緊迫は続いていても、少しばかりは落ち着けている、はずだった



「ああそうだ、月吼さん、」

「はい?」

「貴方、能力は——」

屋島が問いかけようとしたその時
真樹人がおもむろに立ち上がり、そして

「能力?」

ぼそりと呟くと

いつの間にか、彼の姿が消えた
それから開け放たれたドア、向こうで鮮血を撒き散らす警察二人が暗闇の向こうで薄っすらと見えた

「——早い!!!!!」

屋島が叫び、焦りながら走り出す

「蛇々院!!」


蛇々院が立ち上がり屋島と走り出す頃、廊下には食い散らかされたような警察二人の死体と、それを口をおさえて見ている虎の姿があった





コンコン、と暁の部屋のドアが鳴る

「こんばんは、暁さん」

紅。元気の無い声のままだが、部屋の中へちゃんと届くように声を出す



彼女はドアを開けながらも、厳しい目を彼女に向けた

「用件は何かしら」

部屋はシャンデリアで照らされている。よく見ると、向こうでは布団にくるまってぬいぐるみと共に寝ている炎が見えた

「貴方が人狼かもしれない危険性がある以上、こちらも手短に済ませたいのだけれど」

警察はそんな二人の様子をぼんやり見て、そのうち廊下をまた見張り始めていた


「開けちゃだめだよ、不用心だよ」

少し慌てた挙動で扉を押し返す
せめて隙間ほど開けてもらう形にしてもらおうとする
「……貴女が想像する、用と言う用は無いのだけど」

言う
そこで言葉が止まったため、随分歯切れが悪い



「……」

押し返されてから、少し思考する暁
それから扉を再び扉を開けた

「入りなさい。……炎が気に入っている貴方に、部屋の警備をして貰うわ」

と、伝えた

よく見ると、眠っていないのか、目の隈が酷い

紅は頷きもせず、黙って入る

——まるで元よりそのつもりだったかのように

「アザナは嫌いですか?」

部屋に招かれた紅は、ベッドに座り自分を見る暁の視線を感じながらも目を合わせないまま
炎をちらりと確認してから、部屋の中央辺りに立ち、どこからでも敵に対応出来るように
暁に背を向けて聞く


「アザナ?……私にとってはどうでもいいわ。私にとって大事な事は、それに価値があるか無いか
少なくとも今は、居てくれた方が助かるわね」

暁は、その口ぶりから彼女がアザナなのだろうかだと思う
しかし彼女はその人間がアザナであるかないかは問題ですら無く、気にしない人間であった


大正時代。今を生きるアザナは、勿論一般人と半々の人口割合を占める
しかし平成に至る前の日本は、アザナは一般人から危険視される時代だった
無論大昔、それこそ江戸の頃から過激差別的な思想はあったものの、大正時代においてはやや緩まってはいる
それでもアザナというだけで一般人とは違う扱いを受けたり、そもそも相手にされなかったり、一般人が多い場所では不利になりやすい立場の存在だった


「真樹人は私達の事を恨んでいるのかしらね」

ふと
彼女は、呟いた

「あの子は父親からも良い扱いを受けて居なかった。感情を感情と受け入れず、只管会社を継がせるための勉強をさせてた」

ぼそりと言ったきり、それきりだった



「……貴女達のことは私には分からない…ただ……」


——その時、彼女は迫り来る"人狼"が人を殺す音、判断する間も無く恐ろしいスピードでやって来るのを、ドアが破壊され、守るべき人達に向かって襲いかかって来たのを見た




彼等が駆け付けた頃、
人狼に噛み付かれている紅の姿が在った



その手には等身大の盾が掴まれている

何処から取り出したのか、等と言う次元ではない

まるで彼女の手足のように、それは存在していた


身体を人狼に噛み付かれていようと、食い千切られそうな程に痛くとも
彼女は"敵"をしっかり認め、強い意思で迎撃する

——『盾』のアザナ


「ほんと、私ってばかなんだから」


彼女の能力で出来たそれは完璧な盾ではない
年齢も、アザナとしての実力も未熟な彼女のそれは、強固な攻撃を何度受けた訳でも無くとも既にヒビさえ入っている
それでもその盾を、思い切り彼に 自分の体ごとぶつけるために突進した

「うおおおおオオオオオ!!!!!!」



彼女の盾は、人狼を跳ね飛ばし、壁に叩きつけるだろう
しかし、彼女の腕はーー左腕は、肘から食いちぎられる

人狼は壁にて、にたりと笑うと彼女の腕を美味そうに食う
人狼は、それこそ狼と人間が混ざったような、それよりもおぞましいような容姿をしていた

「ーー紅ぁぁぁあァァァァァァァァ!!!!!」

屋島が叫び、紅に駆け寄る
蛇々院は壁の人狼に向かって腕から骨の刃を生やし、人狼に向けた

食いちぎられて痛みに支配される紅は苦痛に表情を歪めていたが、何故か、痛くてたまらないはずなのに叫びはしなかった
腕を押さえ息を荒げながら彼を、見据えている


「真樹人」

暁が名を呼ぶ。何処か分かっていたような表情をしていた。無意識からなのか、炎を庇うように抱きしめて居た

「……やはり、貴方なのね」

「——ひ、ひひひひひ」

人狼は、ゆらりと立ち上がった
笑った


❇︎



「父さん、僕は母さんに着いて行きたいです」


幼い真樹人は、玄関で泣きながら出て行こうとする母親に着いて行こうとした
何故なら、鉄人のように厳格な父親よりも優しい母親が好きだった
そうしたら、首根っこを引っ張られた

「ならん」

父親は冷たい目を真樹人に向けた。理由は言ってくれなかった

父親が勉強の量を増やし始めた
幼いながらも、家系の手前この会社を継がせるつもりなのだと思った
真樹人が13の時、大きなお腹を抱えた新しい母親が来た
優しい人だと良いなと思ったが、母親は真樹人を可愛がらなかった
期待をするのは止めた

妹と弟が産まれた時は感動した
二人は女中さん以外に自分を労ってくれたし、自分と遊ぶと笑ってくれる。可愛かった
同時にあの男とあの女の股から産まれたという事実で、二人を普通に気持ち悪いとも思った。内心嫌悪した

言われるがままに勉強し、学校に通い、十代後半に差し掛かった頃、自分はこのまま生きていくのだろうかと思った
今更金を盗んで母親の田舎に逃げても、母親はもしかしたら新しい家庭を作っているのでは無いだろうか。逃げても連れ帰されるのでは無いだろうか
そう思うと怖かった。逃げ場所なんて無いように思えた

18になり、父親が罪と多額の借金を残して自殺した
代々潤っていた家は没落華族の烙印を押され、残された自分達は家具や宝石を売って何とか凌いだ

妹や弟に母親が怒鳴り散らした
自分がそれを庇う。大して愛してもいないが、世間体の為に幼子を庇う。誰も褒めてはくれない
今度は母親に勉強はしなくてもいいと言われた。土方でもいい、体を使って働いて来なさいと言われた
借金。泣いて自分達に頼る幼子二人

自分は何だったのだろうか?と思った


全員殺したいと思った
自分を愛してくれる人に会いたいと思った


月の光が降り注ぐ夜、一人の怪人と会った


❇︎






「それが怪人旭月様だ!!」

真樹人は吼える
屋島は——眉を寄せた。旭月など、名前も聞いたことがない

「僕はこの世界を壊したかった!!自由に生きたかった!!
そうしたらその力を、僕の中のアザナを呼び覚ましてくれた!!」

にやりと笑う

「いや——僕に、アザナの力をお与えになった、が正しいかな」

「……アザナを……?」

屋島が紅を庇いながら、問いかける

「ああ、僕の月吼の家は無能力者の家系だ
そこの女がアザナ混じりだからか、韻と炎には能力はあったけどね」

そうして、げらげらと笑い出した


「はは、でもォ!!その韻は僕が殺したけどね!!
面白かったよ!!僕に頼りっきりの弟が、隣の僕に噛み付かれた時!!
でも僕が噛み付いたと思ってないんだろうね!!『兄さま助けて、助けて』って、ひゅーひゅー息しながら僕を呼ぶんだ!!
韻の肉は涙と鼻水の味もしたよ!!あははははは!!
ああでも、炎のオシッコは臭かったなぁ!!僕は鼻が効くからさぁ!!」


「……畜生が」

屋島が舌打ちをする
炎は暁の中で、がたがたと震えながら泣いていた。呼吸も明らかに乱れ始めている
暁がぎゅっと炎を抱き寄せる。掌で炎の口を優しく覆い、真樹人を見据える

「何母親面してるんだ?売女」

真樹人は暁に伝える

「——韻と炎を僕にばかり押し付けて!!母親の愛なんてお前には無いだろうが!!」

彼は駆け出すと、大口を開けて暁に食らいつこうとする



「……屋島さん 蛇々 はなな 虎」

駆け寄った彼と、同志に告ぐ

「"護ろう"」

協力の申請と言う以上に、自分の意思を伝えたかった

転がるように暁の前に再び立ちはだかり、盾を構える
自身は護る事しか出来ない
だからこそ——


「——」

屋島はそれを見て、に、と笑った

「紅、護れなくてすまなかった。だが——」

彼は——構える

「今度こそ依頼人を助けるぞ、紅!!皆!!」

人狼は駆け出し、すると唐突に軌道を変えた
高く跳ねると、シャンデリアを割ったのだ

暗闇に支配される

「怯むな!!!!!」

屋島が叫び——すると、はななの声がした

「右です、紅さん!!」

廊下から聞こえた声は、紅に向ける

——はななは暗闇の中で両耳を被せるように押さえ、目を閉じて音を聞いている
『聞』、超聴力。素の聴力も長けてはいるが、ひとたび能力を発動すると音を広範囲かつ精密に拾う
今彼女は、月吼館の外、2里18町(おおよそ10キロメートル)圏内の虫の足音まで聞こえている
その場での行使を意図し、そして負担を軽減するため耳を押さえる。そうして人狼の居場所を次々に言い当てる

「——左です、蛇々院さん!」

「応!!!!!」

蛇々院の『骨』。腕の骨をばきばきばきと変えていき、それは剣のようになる
盾の紅の隣に踏み込んで駆け寄り、人狼を弾き返した

「——わきまえよ。親殺しは不敬だぞ、獣!!」

今度は槍にも似た形になると、人狼を突こうとする
しかし——回避




はななの声を聞き、再び暁と炎を護ろうと身構えるも、出血多量、腕を失ったことで反応が遅れる
それでも、

ちぎれた腕から何かが形成し、——『盾』の一部となり、彼女等を護る
それは対峙する人狼の如く人外じみた姿かもしれない
だが真っ暗闇の中で、その姿を彼女等に見られる可能性の方が低いだろう。それが救いかどうか、否、紅にとってもう自分がどう思われているかはどうでも良かった

ただ今は、仲間と一緒に戦っていた




人狼が護りを固められ、それでもにやにやと笑う

「……選ばれた僕にそんな態度を取っていいのかい?
僕は君達を殺すよ、そして自由になるんだ

ーー自由になるんだァア!!」

そして再度、高く跳ねる
上空から暁と炎を仕留めようとした際

「上です、——屋島さん!!」

無能力者である屋島に問いかけ、彼は——背広の裏から拳銃を取り出す
暗闇の中で、見える筈も無い空間。見える左目を瞑り、包帯を取った

「行くぞ」

そこにあったのは、異形の右目
キュロキュロと音を立てて、無理矢理埋め込んだような傷跡と共に、溢れた機械的な目玉がひとりでに動いていた
それは無論彼の脳神経に直接繋がっており、暗視の中で人狼を捉える


「——上から来るなら、撃ち落とすまでッ!!」


僅かな瞬間、人狼は心臓を撃たれた

「う、ああああああああァァァァァァァァああ!!!!!」

彼は胸を押さえ、失墜する
地面に落ちた際に後退して跳ね、唸りながら彼らを見据えた

「……人数が多いなぁ。もういいや
いつか、お前らを殺してやる
僕がお前らを殺した時、僕は自由になる……自由になる!!
暁ィ!!炎!!お前らも覚えておけよ!!!!!

僕は月吼真樹人じゃない!!月に吼え夜に人食う人狼なのだから!!」

そうして、窓が割れる音がした

「外に出ました……恐るべき速度で山を逃げていきます
……追いますか?」

はななが廊下から伝える



「君達じゃ無理だろ 警察の応援は呼んである、ここからの捕縛は俺達の仕事だ」

助けを呼び状況を確認していた虎、その彼に引き連れられた生き残りの警察の声
初め真樹人達兄妹を護衛した時に共に居た警察だ


扉を開け廊下から僅かに光りが漏れ、 ぼんやりと互いに輪郭は確認できるだろう


その時、腕と盾が融合されている異質な姿をした仲間を見て、虎は…少しだけ息をのんでいた
警察もそれを見(分かっ)ていながらも、気付いた素振りは見せていない

「暁殿、炎殿
今後もあの男に狙われるでしょう
貴方方はこの屋敷を出るべきです」

雇われた警察として、責務を果たし告げる




「……ああ、助かるよ。警官さん」

ふう、と一息吐き、屋島は右目を掌で隠す
はななは警官の隣でおどおどし、汗をびょびょと出していた

「……そのようね」

彼女は、ぼそりと警察に答える

「私達は真樹人から逃げて、二人で生きるわ。この家も売ります
……申し訳無いけれど、少しだけ匿って貰ってもいいかしら。すぐに何処か、遠い所まで逃げる準備をする。名前も変えて……」

彼女は炎を辿々しく抱きしめながら、俯いて答える
笑っている訳でも、泣いている訳でもなく、ただただ責任を取ろうとする、複雑そうな表情だった
顰めた眉のまま、炎を見下ろす
炎は兄に殺されかけ罵られた喪失からか、ここでようやく泣き出し、母親の暁に抱き着いて声をあげて泣いた
暁はただ、一人の親としてそれを受け止めていた

「俺達を頼りゃあいいのに」

「今更、これ以上迷惑はかけられないわ」

彼女は炎の手を握って立ち上がる


「屋島さん」


それを遮るかのように、声を発した少女が居た


「私、暁さんと炎ちゃんを護りたいよ
二人の力になれるかな………」


樹坂紅

巣立つ子供のように、信頼する彼へ問い掛ける
護りたい人達を見つめたまま


「——紅!!」

彼は、紅に向けてまず頭を下げた

「——まず、すまなかった。俺はお前の今の親みたいもんなのに、お前の腕を千切られた
……その贖罪は、一生かけて償う。お前の不自由は、俺が代わりの腕になる
本当に、すまなかった」
「気にしないで、屋島さん。弱かった私の責任だよ……だから、もっと強くなるよ」


彼は後悔していた。大事な教え子を、弟子の片腕を失った
ましてや、彼女はまだ子供なのだ。義腕も買うと約束した。彼女の未来を無下にしたことは、彼の生涯を掛けて永遠に償うと

それに対して、むしろ彼女は少し嬉しそうに笑ったくらいだったが


それから彼は、顔を上げる

「……紅。お前は人を護る力を持ってる
そうしてその力を、誰かを護る為に使うお前を、俺は誇りに思う

お前はまだ探偵所の弟子だが、もう立派な、一人の探偵だよ」

彼は彼女の頭を撫でる
今は朝のように照れた笑いを零す事は無いが、酷く心の詰まりが溶けていく感覚だったろう


「行ってこい、何かあったらすぐに駆けつけるからな」

微笑みかけると、見送る


これが最後というような、真っ直ぐだが涙が浮かびそうな瞳で彼を見上げてから、小さく笑んで頷く


異形のような腕とそれに繋がっている盾はそのままに、彼から離れると、数歩、彼女達へ歩み寄る


彼女は、彼女達から怯えられ、拒絶される事を覚悟で言の葉を紡ぐ



「私は弱いけど 私は人を護るために生まれて来たと思ってます

それなのに私は 韻くんを護れなかった

本当にごめんなさい」


償いや贖罪、その意識が無い訳では無いが
ただ、彼女は心からただ、決意した


「私は…貴女達を護りたいです

傍に置いてくれませんか

貴女達が、私を受け入れてくれるなら………」


強い意思は変わらぬものの、彼女達が否定するなら無理強いをするつもりはない 護ろうとして更に傷付ける事はしたくない
眉を下げ、不安そうに 自分がこの役割を望んで良いのかという感情から 僅かに言葉尻が声量が小さくなる



暁は、それを見て、微笑みはしなかった
だがしっかりと見据え、真面目な様子で彼女を見ていた

「……言ったでしょう。貴女が私達を護ってくださるのなら、貴女が強いのなら
私は貴女にどんな力があろうと、どんな姿であろうと、信頼出来る人間であれば向かい入れるわ」

冷静な言葉だった。やや事務的な態度も感じるような様子ではあったが、最初の頃よりもずっと穏やかな印象は受けた

暁の言葉に、紅の両目は見据えるように瞬き、そして、こくりと頷く。しっかりと



炎は、それを聞き、泣き止み始める

「……くれなおねえちゃん……きてくれるんですか……?
おかあさまと……わたしと……くれなおねえさんで……」

「……そうよ」

炎の泣きを交えた言葉に、暁が苛立ちは何も無い様子で返事をする
それを聞くと、炎は恐る恐る母から離れ、紅に駆け寄った

「……おねえちゃん」

また、少し泣きそうになる

「おねえちゃんは……まきとにいさまみたいに、わたしのこと
きらいじゃ、ありませんか?」

信じていて、嫌いだったなんて
また腹の底の思いを急に伝えられたら怖い、と
彼女は、泣きながら言った

駆け寄った炎に、紅自身も思わず小さくビクリと震えていた
——拒絶されたら怖い、と

「……護るって、護るって約束したのに、韻くんのこと護れなくてごめんね」

思い出してまた泣きそうになる
自分は強いから必ず護る等、なんて無責任な発言だったんだと

「私は、炎ちゃんが好き
私は…炎ちゃんと、炎ちゃんの大切なお母さんを護るよ
今度は、…絶対に。……約束する」

じっと、目を合わせて伝えた
正直、自分を正当化する言葉も自分の気持ちを伝える言葉も無かった。それでも、護りたかったから
護らせて欲しかったから


「……いんにいさまは……もう……でも……
くれなおねえちゃん……いきてくれたから……わたしたちを……まもってくれました……
わたし、だから、……」

彼女は、ごしごしと涙を拭う

「わたしも……わたしも……
くれなおねえちゃんがすきです……だいすきだから……
いま、いっしょにいてください……ついてきてください」

彼女は紅に抱き着き、また声をあげて泣き出した
また縋るしか出来ない自分が不甲斐なく、沢山泣いた

「ごめんなさい、たよってごめんなさい」

小さな少女は、何度も何度も紅に謝った
否、きっとその謝罪は、紅に向けてでは無いのかもしれない
ただ、一緒に生きて欲しいと、彼女に頼った


「………う……うん」

堪えて居たいろんな感情は直ぐに嗚咽に代わり、彼女への返事への妨げになる
同じように号泣したい気持ちで、肩を震わせながら彼女を抱き締め返した

「ごめんね……ごめんね、炎ちゃん」

泣きながら、ぽつりと一つ 最も抱えている感情を呟いた



❇︎


それから、暫くは警察の庇護下の下
貯蓄の関係上、アパートの一室、小さな部屋で生活する事となった
月吼真樹人についての動きを確認次第、また田舎に向けて逃げる方向で行くと

「……いきましょう、くれなおねえちゃん」
「うん!」


炎は紅、そして母親の二人に手を繋がれて歩いて行く

屋島は彼女達から報酬金は受け取らなかった
紅も世話になるのだから、生活費にでも当ててくれと言った

「暫くはあっちの家にあいつの給料も手渡しかな
気持ちだけでも増やしとか無いとな」

「腹が減ったぞ」

「蛇々院さんは素直で良いですね〜
あ、私も久々にエビをお料理したら、いい食材でご飯作りたくなっちゃいました!」

「お前ら容赦って言葉分かる?」

これから義腕代も稼がなければならない。忙しくなる
そう思っていて、ふと虎を見た

「……警官、呼んでくれてありがとうな。虎」
「悪い人じゃなくて良かったよ」

屋島に撫でられると、少し表情を緩めて応える

「何で受け取らなかったのですか?私達を養うだけでも必死な癖に」

養われてる立場のくせに鋭く言う


「お前なぁ」
「んふふ」


こいつこのこの、とほっぺを軽く抓ってから
またぽんぽんと撫でた

「まー、……人間助け合いって事だ
俺の目指すべき探偵は、そういう所に至るからな」

に、と笑いかけ

「じゃ、疲れたしもう寝るか!
夜明けが近くなっちまった」

気付けば、もう五時
警察が現場に駆けつけ、てんやわんやとした後、もうそろそろ片付けが始まる頃合いだ
探偵、その弟子達もやがて館を出るだろう

撤収の始まった月吼館に、陽が昇り始める





屋島栄桜郎、蛇々院網羅、八重鶴はなな、月吼一家 by kimi.
樹坂紅、虎、警察 by jin.

一話 人狼、月に吼える 了(20170829)
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